物と心のあいだ
この記事は哲太が書きました。
我々の意識の状態を担うものには脳のはたらきがあります。これは神経細胞ニューロンのスパイクと呼ばれる発火現象のあつまりです。生理学上のメカニズムは複雑です。からだの状態は物理学と化学によって分析され、化学反応と物理現象のあつまりとして理解されます。
からだは必要なものです。その指先が我が子のほほに触れるために。また、完璧な条件のうちに弾かれたピアノの一音を聞くために。
生物学はからだを細胞に分けます。60兆個の細胞はからだそのものであり、からだを二分して30兆個ずつにするとからだではなくなります。分たれた細胞はその活動を一斉にやめ、からだは死ぬのでしょう。
ニューロンのスパイクは個別の神経細胞について計測されます。電位を計測するために、神経細胞のすぐ近くに電極を持っていってニューロンが動き出すのを待つのです。計測器はからだの一番近くに行って、からだの動きを精一杯計ります。計測器はからだと一つになることはできません。あと少し、その距離は小さいのでしょうか。それは説明されなくともよいのではないか。それでもそれを説明しようとすると、一生近づき続けるけれど決して超えられない何かにはまり込んでしまうのではないか。そんな一生も良いかもしれないと思う人だけが、果てない言葉の中で生きられるのかもしれないと思います。
同じ土俵で生きていくなら、みんな仲良く生きられた方が良い。同じ説明するなら、よい言葉を選んだほうがよい。それを少しでも簡単にするために、手助けが出来たら良いと思います。
今自己にとって一番生き生きとした生活と、それを間近で計測するものたちとの関係は切れないものです。科学や学問は既に溶け込んで、この関係を形作っています。この関係は、自己のからだの上からの見方と、外から眺めた見方があり得ます。双方は、自己自身を鏡のようにして、互いに関係しあっていなくてなりません。この関係について考えてみたいと思います。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント