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2009.03.27

言語の変化の「運動の3法則」による考察

この記事は哲太が書きました。

 ひとつの提案として、言語それ自身を扱うのではなく、言語の変化を見ることで言語の本質を考えるということを挙げます。運動は物体の位置の変化 です。物質が何からできているか分からなくても、その変化は観察することができます。言語の変化は人々がお互いの言葉を交わすことによって生まれることは 明らかです。これをコミュニケーションと呼ぶことができるでしょう。コミュニケーションと運動を比較することで、物理学の方法を心理学的言語学に用いるこ とはできるでしょうか。

1.言語学の方法

 ソシュールに端を発する一般言語学とは、言語そのものの一般的性質について考察したものです。つまり、具体的な言語によらずに、言語を扱う上で必ずかかわってくるような性質についてです。

 この一般性が、ソシュールがしばしば言語学者として以上に、哲学者として取りざたされる所以だと思います。構造主義といわれる、この無意識レベルの性質についての思考のアクセス法は、それまでの伝統的言語学、つまり歴史言語学や比較言語学といったものの着眼点からはちょっと想像しにくいほどの飛躍があったように思います。

 ソシュールは音韻論を踏まえて、つまり観測データを踏まえて、言語について述べました。ソシュール自身による文章が残っていないのが本当に残念ですが、各種の資料から見ると、定量的なアプローチをかなり意識したものと思われます。時間と空間についての考察がかなりされています。また、これら2つのものは分けて考えなくてはならないとも書かれています。しばしば、ソシュールは共時的な言語の性質を論じたと言われますが、僕はそうではなく、どちらも等価に扱っているように思います。これについて詳しくは「ソシュール再考」を参考にしてください。

 その一方で、伝統的な言語学が重要な主要分野であることは言うまでもありません。実際に使っている言語に、即時的な影響力を持つのは、やはり具体的な”音”や”文法”を扱っている分野なのです。いわば、言語実践の現地におけるデータの分析。科学はいつも観察することから始められなくてはなりません。言語学における定量的な研究に、計算言語学があります。これは、コーパスと呼ばれるデジタルのテキストデータに統計的な考察を加えることで言語的な定性的結果を得ようとするものです。一方で、伝統的な言語学は、音韻論統語論といった、膨大な発話の例から一般的性質を導こうとするアプローチです。

 現在の言語学の主流はノーム・チョムスキーによる生成文法を元にした種々の文法理論です。言語が生成的、つまり語彙を組み合わせていくらでも文章をつくることができるということに着目した理論です。これは共時態を扱うもので、言語の変化を扱うことはあまり無いと言えます。言語の変化は「進化」とも呼ばれ、これを扱う研究はあるにしても、言語学の主要な分野は統語論と音韻論さらには意味論であると言えると思います。したがって、言語の変化を全く別の視点から考察することには、少なからず意味があるものと思います。

2.運動の法則概説

 最も重要な物理学者のひとりに、アイザック・ニュートン(1643-1727)がいます。ニュートンの著作には「自然哲学の数学的諸原理」(1687)(もしくは「プリンキピア」)があります。ここでニュートンは、運動の法則という3つの法則を提案します。運動とは、物質の時間についての空間的変化をいいます。大きさがなくて質量がある質点がモデルとして扱われます。

 第1法則:慣性の法則
 第2法則:運動方程式
 第3法則:作用・反作用の法則

 簡単に説明すると、「第1法則:慣性の法則」とは、外から何か力が働かないときには質点はその運動状態を保つ、ということです。「第2法則:運動方程式」は、運動量の時間変化は力の大きさに比例し、力 の向きに作用する、というもので、普通微分方程式で書かれますが、ニュートンはこれを微分方程式として扱わず、初等幾何だけで示したそうです。これについての詳細と経緯は「楕円の法則のファインマンの証明」を見てください。「台3法則:作用・反作用の法則」は、質点間の作用 には必ず同じ大きさ逆向きの反作用があるということです。

 この3法則は、アインシュタインの相対性原理によって覆されるまでの200年以上、運動を記述するモデルとして繁栄してきました。覆されたといっても、ある仮定下では正しく成り立っているので、普通の計算をするには十分な精度のモデルといえます。

3.なにがニュートンを導いたのか

3-1.デカルト

 ニュートン力学の思想的根底にはデカルトがあります。「哲学の原理」において、運動の法則の原型と思われる考え方が書かれています。書かれています、なんて気軽に言えるのは、僕が”ニュートン力学”を熱心に学んだからです。

 そこでは、もちろん微分方程式で書かれているわけではなくって、一見すると確かに正しそう、でも何に使えるのか分からない。これを、物理学の次元にまで持っていったニュートンの分析力と総合力が卓越していることは認めざるをえないでしょう。多くの初等的命題と同じく、その難しさに関わらずいったん言われてしまうと、簡単そうに思えるのです。やりきるのにどれだけの覚悟と努力が必要かは想像しがたいものがあります。

3-2.ケプラーの法則

 そもそも、物理学は天文学からの派生です。というのも、運動の法則の直接の成果と、その正しさの保証は天文学がしているからです。ヨハネス・ケプラーという天文学者が、精密な観測データからケプラーの法則を導きました。ケプラーの法則は、惑星の運動に関する3つの法則です。

 詳しい内容は「楕円の法則のファインマンの証明」を参考にしてください。このケプラーの法則に、惑星を質点として近似し、運動の法則を適用すると、有名な万有引力の法則を導くことができ、これは惑星の運動とリンゴの落下(重力のはたらき)が同じ理屈で説明できるということなのです。

 ここで大事なのは、ニュートンはあくまでデータの因果関係をどう説明するか、ということを提案したことです。これは、自然現象の観察に基づいています。

3-3.ニュートンの仕方の考察

 まとめると、ニュートンは定性的法則にはデカルトの結果を受け、定量的法則にはケプラーの結果を受けています。これはすなわち、定性的には哲学に影響を受け、定量的には天文学に影響を受けています。これは、物理学の価値を本質的に高める要因となっています。

 計算だけでは、一般的な法則は導くことができません。また、一般的な考察ばかりでは、実際の現象に対してどれだけ迫っているモデルなのかが分かりません。

 このことを考えますと、定性的側面と定量的側面を総合することが、どれだけ効果が大きく有用なものであるかが分かります。理論言語学は大量の実データを分析することによって帰納的に法則を得ようとしています。これは理論という名がつくものの、実験言語学といってもよい側面です。純粋に定性的考察を哲学の域で与え、それを法則として取り入れることで理論を構築するという態度が必要になると思います。

4.コミュニケーションと運動

 通時的な言語を考える際、重要なのが「交雑の力」(ソシュール 1911)といわれるものです。これは人々が動きながら(例えば旅行や移住)、その土地の人々と会話をしていくことで、徐々に言語が一様化されてい くという力をいいます。この力が、人と言葉を交わすこと、つまりコミュニケーションをすることによってはたらくものだという意味で、通時的な言語はコミュニケー ションによって特徴づけられているといえます。

 時間をストップすれば、ひとつの共時態が形成され、そのときひとつの言語が決まります。これだけを精密に分析すれば、非常にすぐれた文法学者は、生成文法などの理論によってその言語を記述しきることができるかもしれません。このときに定められた言語が存在している場所を、言語空間ということができます。

 理論上は、時間を1つ決めたときに言語空間上の言語は1つ決まります。この言語は時間について変化します。これを言語空間上のコミュニケーションと呼ぶことができると思います。(物質の)運動は、物質の時間についての空間的変化であるといいましたから、これは共通するところがあるように思います。コミュニケーション、すなわち言語の変化を運動のモデルで考えてみることにしましょう。

5.運動の法則との比較

5-1.慣性の法則

 第1法則は慣性の法則でした。「ソシュール再考」の(3)により(以下()の通し番号は「ソシュール再考」の()に対応しています)、 言語の時間的変化は止まりません。それは、人類が初めてことばを話したときからずっとです。これは人々が言葉を交わすことをやめないことを意味しています。これをコミュニケーションの慣性と呼ぶことができるかもしれません。しかし、規模を小さくして、まあいきなり小さくして、2人のコ ミュニケーションを考えたときには、言語の時間変化が(ほとんど)止まるかもしれません。(長年連れ添った老夫婦のようなイメージです。)

 このとき、2人はほとんど同じ言語を用いていますから、話す必要性があまり感じられません。これは慣性が無くなっているように思われます。この現象は、熱 の平衡状態に似ています。温度が一様になれば、一見物質のうごきは止まったかに見えます。しかし、このとき小さい分子はやはり動いているのであって、運動 は止まってはいません。分子の運動が全体として釣り合ってしまったのです。

 このことは一種の「最小作用の原理」として考えることができるかもしれません。最小作用の原理とは、分かりやすい例は光の進路です。ご存じのとおり光は直線で進みます。なぜなら、直線は目標地点までの最小距離だからです。光がある目的地に向かって進んで行くとするなら、それはいつも最小の経路で進みます。回り道をすることはありません。

 人が発話をするとき、できるだけ簡潔に伝えようとする傾向があります。仲がよくなってくれば、二人の間の暗号「おい、あれ」「ああ」という会話が可能になります。これを極端にした例が、上述の老夫婦の例です。これを一般化して、人のコミュニケーションについての最小作用の原理が考えられます。

 (4)により、言語の時間的変化は常に細部に起こります。したがって、言語のゆらぎが全体として釣り合った時には、言語の変化は止まったかに思えるでしょう。言語が非常に多数の要素からなることが理由です。このとき、言語は一様になっています。したがって、この慣性は一様化が進む方向にかかりやすいと言えるでしょう。

5-2.運動方程式

 作用は力が起こします。運動のモデルでは、ある言語空間上の言語になんらかの力がかかって、言語が変化すると考えるのが自然です。しかし、この力がなんであるのかを考えるのは難しい。

 ひとつの可能性としては、慣性のかかりやすさを決めるもの、つまり一様化に向かう力です。これはソシュール 1911の「交雑の力」と同じものです。向きは常に一様化に向かう向きであり、大きさは一様化する必要性に比例すると思われます。一様化する必要性は、人によって違うようにも思えますが、ひとつには地理的な距離でしょう。近い人とコミュニケーション可能でなければ、言語は言語として成立しません。したがって、この必要性は距離に少なくとも逆比例すると思います。(2)、(5)が参考になると思います。

5-3.作用・反作用の法則

 コミュニケーションはことばのキャッチボール、なーんていうとちょっと恥ずかしくなってきますが、これは正しいと思われます。すなわち、「おはよ う」に対して「おはよう」と答えること。これが無いと円滑なコミュニケーションがとれません。つまり、基本的に会話は2発話1組なのです。1つの発話に対 して反応を返さないこと、つまり無視することは、コミュニケーションの規則上また人間関係上悪い影響を与えます。

 個人の持っている言語を考えます。これは個人的には、社会的に身につけられるものであると思います。しかしながら、各個人は異なる言語を持ってい るように感じられることがよくあります。チョムスキーはこれら2種類の言語を必ずしも区別していません。ここでは、特に個人の持つ言語能力の行使について考えます。老夫婦の例のようでもなければ、普通2人以上の言語が平衡状態になっていることは考えられません。

 この個人のもつ言語を、力学的な質点と対応させて考えてみようと思います。作用・反作用の法則は、質点間では作用があれば反作用があるということでした。コミュニケーショ ンは2つで1つ。相手の言語に作用を与えようとすれば、常に自分の言葉の反射のような言葉が返ってきます。これは、自分の言語に必ずや作用を与えますか ら、反作用です。上のあいさつの例で見たように、作用に対する反作用は欠かせないもののように思われます。これを法則として取り入れられるかもしれません。

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受信: 2009.02.13 20:47

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